鉛筆で書いた一枚のはがき
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作成日時 : 2006/06/13 14:40
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診療を済ませ家に帰ると1通の鉛筆書きのハガキが届いていた。達筆な字で、命拾いをしまたが字も書けるようになりました。先生のお陰ですとお礼がしたためられていた。宛名を見ると1ヶ月余り前に救急車に添乗してICUのある病院に紹介したかかりつけ患者さんからである。1週間記憶がなく目覚めた後も体が思うように動かなかった。つらいと言う言葉の意味がこんなものかとはじめて分かった。今はリハビリ病院に移り訓練中である。鉛筆ながら文字がヤット書けるようになり助けてもらった私に真っ先に書いたとの事、私はうれしくて興奮した。その方は1ヶ月以上も前、庭いじりをしている時に足に石を落としてしまい小さな傷を作ったがたいしたこともなさそうなので自分で処置し次の日に私のクリニックに診察に見えた。私は通常の治療をして傷も殆ど治りかけた頃に喉の違和感を訴えた。見たところでは特に異常は無い。そこで耳鼻科に紹介した。飲み込みが悪いだけで所見は無いので漢方薬を処方したとの返書を受け取った。それで落ち着くだろうと気にも掛けていなかった。次の日は休日であったがご飯が食べられないので点滴をして欲しいとの電話が遠くに住んでいて父親の急を聞いて駆けつけた娘さんからのあった。その時私の頭に悪い予感がよぎった。破傷風だ急いで対応しなければ危ない。すぐに来てもらった。患者さんは娘に支えられてやっと歩いた来た。幸い呼吸は出来ており口が開かない程度である。クリニックで出来る治療を施し紹介病院を探した。連休で中々であったが前に私が勤めていた病院の後輩に窮状を訴えたところ快く引き受けて呉れた。その後、典型的症状が出たため、ICUで眠らせた状態で管理されていた。私は心配で電話で幾度と無く様子を教えてもらい一喜一憂した。2週間ほどで回復されたと聞き胸を撫で下ろしていた。この方は文章を書くのが好きな方で新聞、文芸誌に投稿し殆ど採用される程の上手でもある。これまでも私のことをそれとなく文章に折込、気恥ずかしい思いをしたことも度々である。私としてはその方の筆がスムーズに運び出しそろそろあちこちの新聞投稿欄にあらわれるのが気に成り出た。
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